科研費H23-25若手研究(B):
「太平洋新第三系の標準浮遊性有孔虫年代尺度の確立」
最終更新:2014年5月22日
[目的][成果][業績]
1. 目的
1-1. 概要
天文軌道要素解析による詳細な年代層序と古環境解析を目指し,東部赤道太平洋の赤道湧昇海域で前期始新世にまで及ぶ年代トランセクトの海洋コアが掘削された.本研究の目的は,これらのコアで詳細な浮遊性有孔虫の生層序を確立し,新第三系の国際的な標準生層序として提示すること,およびその有効性を検証することである.
1-2. 研究の学術的背景
1-2-1. 本研究に関連する国内外の研究動向の分析
年代尺度の高精度化は,地質情報の高精度な時系列解析の基礎となるものであり,地球システムをダイナミクスとして理解する上で不可欠である.天文軌道要素校正は新第三紀における最も高精度な年代決定手法のひとつであり,最新の年代尺度は赤道大西洋の深海掘削コアや地中海の新第三系で実施された天文軌道要素校正により作成されている(ATNTS2004; Gradstein et al., 2004).しかし,これらの地点では古地磁気極性層序のデータが無いか不完全であり,古地磁気極性と天文軌道要素との対比は生層序を仲立ちに間接的に行われている.また,その基準とされた生層序についても,世界最大の海洋である太平洋のデータがほとんど反映されていないという問題点がある.したがって,古地磁気極性の年代を天文軌道要素校正によってダイレクトに決定すること,および太平洋における生層序年代尺度を確立することが,ATNTS2004を検証し次の世代の年代尺度を作成するための最重要課題と考えられる.
1-2-2. 応募者のこれまでの研究成果から,本研究の着想に至った経緯
応募者は,これまで日本および周辺に分布する海成新第三系の浮遊性有孔虫生層序を分析し,生層準の同時性・異時性を議論してきた.日本列島には多くの火山が分布するため,海成層に挟在する多数の火山灰層について高精度の放射年代測定を実施することで,生層序年代尺度の数値年代の妥当性をダイレクトに検証できるというメリットがある.応募者は栃木県烏山地域(Hayashi and Takayashi, 2004)や福島県棚倉地域(Hayashi and Takahashi, 2008)などの海成中新統で,浮遊性有孔虫の生層準を火山灰層の放射年代で直接制約し,少なくとも日本周辺ではBerggren et al.(1995)の年代尺度がATNTS2004よりも妥当であることを示した.しかし,応募者がこれまで検討してきた地層では古地磁気極性層序が検討されていないため,認められた年代尺度との差異が年代尺度の計算方法(校正点の妥当性)に起因するものなのか,あるいは生層準そのものの異時性によるものなのかを見極めることは困難であった.
統合国際深海掘削計画(IODP)による赤道太平洋年代トランセクト計画(Pacific Equatorial Age Transect: 略称PEAT)は,赤道湧昇が発達する東部赤道太平洋について,新生代全体にわたる連続古海洋記録を得ることを目的としている (Palike et al., 2008).応募者は,新第三系を主目的としたPEAT後半の第321次航海に乗船古生物学者として参加し,得られたコアの浮遊性有孔虫生層序を分析した.船上分析の成果を以下に列記する.
- ごく一部(10-11Ma)の区間を除き,新第三紀全体にわたって保存良好な浮遊性有孔虫化石が検出され,それにより43の生層準を認定できた.
- 同時に,石灰質ナノ化石,珪藻,放散虫の生層序,さらには古地磁気極性層序が検討され,最新の年代尺度に基づいて相互の整合性が議論された.
- コンポジットホールにより欠落の無い色指数や帯磁率の周期的変動が得られ,その周期が予察的に天文軌道要素変動と一致することが示された.
したがって,PEATで得られたコアで浮遊性有孔虫生層序を確立することにより,生層序と天文軌道要素,古地磁気極性とを同一セクションで直接対比することが可能になり,既存の年代尺度ATNTS2004がもつ問題点をすべて解決することができると考えられる.しかし,応募者による船上分析ではコアキャッチャー試料のみが分析されたたため,ミランコビッチスケールに相当する2〜10万年の精度で生層準の位置を決定することはできなかった.また,船上分析ではいくつかの生層準で矛盾が認められており,それらは航海の時間的制約のために未解決のまま残された.
このような経緯から,PEATによる東部赤道太平洋の浮遊性有孔虫生層序の詳細解析を緊急に実施すべきであるとの着想に至った.
研究期間内に何をどこまで明らかにするのか
- PEATにより掘削された3地点, Site U1336, Site U1337, Site U1338の試料を用いて,新第三系の浮遊性有孔虫生層序を明らかにする.
- 得られた生層準について,天文軌道要素校正に基づき数値年代を決定する.また,古地磁気極性や他の微化石層序との対応関係を解明し,浮遊性有孔虫年代尺度を確立する.
- 日本の陸上セクションや熊野沖掘削(NanTroSEIZE)の生層序と詳細対比し,作成された年代尺度の標準層序としての妥当性を検証する.
参考文献
Berggren et al., 1995, SEPM Spec. Pub. No.54, 129-212; Hayashi and Takahashi, 2004, Newsl. Stratigr., 40, 123-135; Hayashi and Takahashi, 2008, Bull. Geol. Surv. Japan, 59, 415-422; Gradstein et al., 2004, A Geologic Time Scale 2004, Cambridge University Press, 589p; Palike et al., 2008, IOPD Exp. 320/321 Scientific Prospectus, 96p.
これまでの成果
平成23年度
- 東部赤道太平洋で掘削されたIODP Exp. 321, Site U1338, Hole Bの全267試料について,生層序学的分析を実施した.その結果,合計35生層準を認めた.この途中成果については,2011年4月にパリのピエール&マリーキュリー大学で開催されたExp. 321のポストクルーズミーティングでポスター発表した.また,このサイトのコア30H〜40Hについては浮遊性有孔虫の群集解析を実施し,18属58種の浮遊性有孔虫を見出すとともに,中期中新世の南極氷床拡大イベント時に群集組成が変化していることを明らかにした.
- 北西太平洋,熊野沖で掘削されたIODP Exp. 315, Site C0002, Hole Dの全67試料について詳細な浮遊性有孔虫分析を行い,14属34種の浮遊性有孔虫を見出すとともに,最近約90万年間の群集変動を明らかにした.群集解析の結果をもとに,この海域の氷期の黒潮流路に大きく2パターンがあることを明らかにした.
- 同じく熊野沖で掘削されたIODP Exp. 322, Site C0012, Hole Aの全51試料について生層序学的分析を実施した.その結果,103種の浮遊性有孔虫を見出すとともに,中期中新世〜鮮新世までの15生層準を認めた.また,北西太平洋地域ではデータが少ない後期中新世について,群集変化により水塊変動を考察した.既に分析結果が得られているSite C0001の結果と,今年度に得られたSite C0002, Site C0012の結果を総合することによって,熊野沖における中期中新世以降の浮遊性有孔虫生層序を確立することができた.
平成24年度
- 東部赤道太平洋のIODP Site U1338における生層序学的研究について取りまとめ,論文の執筆・投稿と学会発表を行った.論文は日本古生物学会の英文誌Paleontological Researchに受理され,2013年4月に出版された.また,共同研究者らが筆頭著者となる共著論文がNature誌などに掲載された.関連する内容を日本古生物学会および日本地質学会で口頭発表した.
- 熊野沖のNanTroSEIZEプロジェクトについては,IODP Site C0012における生層序学的研究について取りまとめ,IODP Data Reportsに投稿した(査読中).また,指導学生が日本古生物学会で口頭発表した.
- 生層序を日本国内の中新統に適用する研究を進めつつある.そのうち,島根県大田市に分布する中新統の生層序については地質学雑誌に受理され,2013年4月に出版された.
平成25年度
- 熊野沖NanTroSEIZEプロジェクトについては,2012年から2013年にかけて新たに掘削されたIODP第338次航海のコアを試料請求し,浮遊性有孔虫による生層序を決定した.この成果の一部についてはIODP Proceedingsとして出版した.なお,高分解能の試料請求を行ったSite C0002の分析については2013年度に集中的に実施し,群集解析によってMPT初期の海洋環境変動を考察した.現在は成果のとりまとめ中である.
- 上記の成果を含め,熊野沖NanTroSEIZEプロジェクト全体の浮遊性有孔虫生層序を総括した.この成果については国際学会で発表した.
- 赤道太平洋年代トランセクト(PEAT)計画については,年代指標種Paragloborotalia siakensisの形態解析結果に基づき分類学的位置づけを明確にした.また,長周期の殻サイズ変動パターンを明らかにし,その古海洋学的・生層序学的意義を指摘した.この成果については,指導する大学院生が国内学会および国際学会で発表した.
- これまでに確立した浮遊性有孔虫生層序を日本の陸上セクションの新第三系に適用し,その有効性を実証的に明らかにした.2013年度は島根県の久利層および宮城県の旗立層,富山県の三田層についての成果が学術雑誌に発表された.
- なお,交付申請書に記載した研究実施計画のうち,PEATサイトにおける天文軌道要素校正については,共同研究者らが進行中であるものの,まだ完了の見通しが立っていない.したがって,太平洋地域の天文軌道要素校正に基づく高精度浮遊性有孔虫生層序は今後の課題として残されている.新しく出版された年代尺度(GTS2012; Hilgen et al., 2013)でも未解決の問題が残されており,今後も共同研究者と密接に連携しつつ,この分野のサイエンスを前進させていく決意である.
業績
著書・分担執筆項目
- 林 広樹,2012, 5.3. 浮遊性有孔虫の研究事例:太平洋から絶滅したピンク色の浮遊性有孔虫.国立科学博物館叢書13 微化石,東海大学出版会,270-272.
- Strasser, M., Dugan, B., Kanagawa, K., Moore, G.F., Toczko, S., Maeda, L., and the Expedition 338 Scientists, 2013, Proceedings of the Integrated Ocean Drilling Program, vol. 338. Integrated Ocean Drilling Program Management International, Inc., for the Integrated Ocean Drilling Program.
原著論文・外部査読あり
- Hiroki HAYASHI, Satoru ASANO, Yasuhiro YAMASHITA, Takayuki TANAKA, and Hiroshi NISHI, 2011, Data report: late Neogene planktonic foraminiferalbiostratigraphy of the Nankai Trough, IODP Expedition 315. Proceedings of the Integrated Ocean Drilling Program, vol. 314/315/316, 1-20.
- Heiko PAELIKE, Mitchell W. LYLE, Hiroshi NISHI, Isabella RAFFI, Andy RIDGWELL, Kusali GAMAGE, Adam KLAUS, Gary ACTON, Louise ANDERSON, Jan BACKMAN, Jack BALDAUF, Catherine BELTRAN, Steven M. BOHATY, Paul BOWN, William BUSCH, Jim E. T. CHANNELL, Cecily O. J. CHUN, Margaret DELANEY, Pawan DEWANGAN, Tom DUNKLEY JONES, Kirsty M. EDGAR, Helen EVANS, Peter FITCH, Gavin L. FOSTER, Nikolaus GUSSONE, Hitoshi HASEGAWA, Ed C. HATHORNE, Hiroki HAYASHI, Jens O. HERRLE, Ann HOLBOURN, Steve HOVAN, Kiseong HYEONG, Koichi IIJIMA, Takashi ITO, Shin-ichi KAMIKURI, Katsunori KIMOTO, Junichiro KURODA, Lizette LEON-RODRIGUEZ, Alberto MALINVERNO, Ted C. MOORE Jr, Brandon H. MURPHY, Daniel P. MURPHY, Hideto NAKAMURA, Kaoru OGANE, Christian OHNEISER, Carl RICHTER, Rebecca ROBINSON, Eelco J. ROHLING, Oscar ROMERO, Ken SAWADA, Howie SCHER, Leah SCHNEIDER, Appy SLUIJS, Hiroyuki TAKATA, Jun TIAN, Akira TSUJIMOTO, Bridget S. WADE, Thomas WESTERHOLD, Roy WILKENS, Trevor WILLIAMS, Paul A. WILSON, Yuhji YAMAMOTO, Shinya YAMAMOTO, Toshitsugu YAMAZAKI and Richard E. ZEEBE, 2012, A Cenozoic record of the equatorial Pacific carbonate compensation depth. Nature, vol. 488, 609-615.
- Wilkens, R.H., Dickens, G.R., Tian, J., Backman, J., and the Expedition 320/321 Scientists, 2013, Data report: revised composite depth scales for Sites U1336, U1337, and U1338. In Paelike, H., Lyle, M., Nishi, H., Raffi, I., Gamage, K., Klaus, A., and the Expedition 320/321 Scientists, Proceedings of the Integrated Ocean Drilling Program, vol. 320/321, Tokyo (Integrated Ocean Drilling Program Management International, Inc.).doi:10.2204/iodp.proc.320321.209.2013.
- Hiroki HAYASHI, Kyoko IDEMITSU, Bridget S. WADE, Yuki IDEHARA, Katsunori KIMOTO, Hiroshi NISHI and Hiroki MATSUI, 2013, Middle Miocene to Pleistocene planktonic foraminiferal biostratigraphy in the eastern equatorial Pacific Ocean. Paleontological Research, vol. 17, 91-109.
- 林 広樹・橋野慎平・野村律夫・田中裕一郎,2013, 島根県大田市の模式地における中新統久利層の生層序.地質学雑誌,第119巻,300-311.
- 出原祐樹・林 広樹・藤原 治・熊澤大輔・入月俊明,2013, 仙台市名取川ルートの中部中新統旗立層における浮遊性有孔虫化石群集の層位変化.化石,第94号,5-18.
- Kenji M. MATSUZAKI, Hiroshi NISHI, Hiroki HAYASHI, Noritoshi SUZUKI, Babu R. GYAWALI, Minoru IKEHARA, Takuyuki TANAKA, and Reishi TAKASHIMA, 2014, Radiolarian biostratigraphic scheme and stable oxygen isotope stratigraphy in southern Japan (IODP Expedition 315 Site C0001). Newsletters on Stratigraphy, Vol. 47, 107-130.
学会・シンポジウム発表
本人による発表
- 林 広樹・出光恭子・木元克典,2012, 東部赤道太平洋IODP Site U1338における中期中新世の浮遊性有孔虫群集と古海洋.日本古生物学会2012年年会(名古屋大学,2012年6月30日).
- 林 広樹・出光恭子・出原祐樹・Bridget S. Wade・木元克典・西 弘嗣・松井浩紀,2012, 東赤道太平洋IODP Site U1338における中期中新世〜更新世の浮遊性有孔虫生層序.日本地質学会第119年学術大会(大阪府立大学,2012年9月16日).
- 林 広樹・丸岡俊樹・大平寛人,2013, 岩手県一関地域に分布する中部中新統の浮遊性有孔虫群集と古海洋.日本地質学会第120年学術大会(東北大学,2013年9月15日).
- Hiroki HAYASHI, Hiroshi NISHI, Minoru IKEHARA, Takayuki TANAKA, Kenji M. MATSUZAKI and IODP Exp. 338 Scientists, 2013, Standard biostratigraphic scheme of planktonic foraminifera for the Nankai Trough Seismogenic Zone, northwestern Pacific. The 46th Annual Fall Meeting of the American Geophysical Union (Moscone Center, San Francisco, 11-Dec-2013).
共著者としての発表
- 東 明憲・林 広樹・金松敏也,2011, 熊野海盆における最終間氷期以降の浮遊性有孔虫群集と古海洋.日本地質学会西日本支部第160回例会(広島大学,2011年2月19日).
- 井崎雄介・林 広樹・中満隆博・小田原 啓・田中裕一郎,2011, 神奈川県西部に分布する足柄層群の浮遊性有孔虫生層序.日本古生物学会2011年年会(金沢大学,2011年7月2日).
- 出原祐樹・林 広樹・入月俊明・熊澤大輔・藤原 治,2011, 仙台市名取川セクションの中部中新統旗立層における浮遊性有孔虫生層序.日本古生物学会2011年年会(金沢大学,2011年7月2日).
- 木元克典・山本真也・辻本 彰・林 広樹・Ed Hathorne,2012, 赤道太平洋東部地域における中期中新世以降の生物生産性および底層水循環変動.地球惑星科学連合大会(幕張メッセ国際会議場,2012年5月25日).
- 山根大輝・林 広樹・田中章介・西 弘嗣・池原 実,2012, 熊野沖IODP Site C0002における上部更新統の浮遊性有孔虫群集と古海洋.日本古生物学会2012年年会(名古屋大学,2012年6月30日).
- 岡田博貴・林 広樹,2013, 東部赤道太平洋IODP Site U1338における浮遊性有孔虫年代指標種Paragloborotalia siakensis (LeRoy)の分類学的検討とサイズ変化.地球惑星科学連合大会(幕張メッセ国際会議場,2013年5月24日).
- 出原祐樹・林 広樹・高橋雅紀,2013, 群馬県富岡市の中新統における浮遊性有孔虫生層序.日本古生物学会2013年年会(熊本大学,2013年6月29日).
- Hiroki OKADA and Hiroki HAYASHI, 2013, Temporal size changes of Miocene planktonic foraminifer Paragloborotalia siakensis in the eastern Equatorial Pacific associated with Mi-events. The 46th Annual Fall Meeting of the American Geophysical Union (Moscone Center, San Francisco, 12-Dec-2013).
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